先月のコラムで、病院に一日入院すると30万ぐらいかかると書きましたが、それは病院の種類によっても、また州によっても異なります。例えば、テキサス州だと州立の病院で一泊すると大体30万円ぐらいかかりますが、近隣のオクラホマ州だと12-3万円ですし、一番高いコネチカット州だと34万円ぐらいになります。どちらにしても、アメリカの医療費はとても高いですよね。ですから、自分の健康を守ることが何より重要だと思います。
では、どうやったら健康を守れるのかということになりますが、今回は「睡眠の大切さ」についてお話ししたいと思います。特に、夜勤に従事せざるを得ない方々の睡眠について取り上げてみたいと思います。
私は、医学部を卒業した後、一般外科のインターン(研修医)の仕事をしました。医の技術を身につけ、将来は発展途上国に行き、怪我をした子供たちを助けたいという大きな夢がありました。 しかし私は、その外科医の研修を1年で終え、専門を変えることになり、その夢は瞬く間に壊れてしまいました。というのも、外科の研修が非常に大変だと聞いてはいたものの、その労働環境は想像をはるかに超えて過酷だったからです。
アメリカにはACGMEという、それぞれの研修医療機関を統括する組織があり、労働時間に関する規則が設けられています。例えば、「研修医は週に80時間以上働いてはいけない」「一日の労働時間が16時間を超えてはいけない」などです。しかし、実際にはそうした規則はあってないようなものでした。特に「インターン」と呼ばれる研修医1年目は本当の下働きで、仕事が終わるまでは帰れません。いや、帰ろうと思えば帰れるのかもしれませんが、仕事を終わらせずに帰ると、5年生のチーフと呼ばれる先輩たちに見つかり、怒鳴られたり、仕事をさらに増やされたりする嫌がらせを受けるのです。
月に一度、私たちの研修医ディレクターがミーティングを開き、クラスの大きなスクリーンに各研修医の先月の労働時間を映し出します。そして、80時間を超えた研修医には、次の月は超えないようにと注意が与えられます。しかし、そこで問題になるのが、研修医1年目がその板ばさみに陥ることです。実際の労働時間は80時間を超えているのに、記録上は時間を少なく申告せざるを得ないのです。
その結果、特に夜勤明けの日が大変です。朝にはラウンド(入院患者を診て回るミーティング)に出なければなりません。それが終わるのは、朝10時や11時になることが普通です。そして、その日の午後6時までには病院に戻らなければなりません。一日2交代制で、朝6時から午後6時まで働き、その後また午後6時から翌朝6時までの夜勤が始まるのです。
私の知っている研修医の中に、夜勤明けに車を運転して帰宅途中、交通事故に遭った女の子がいます。彼女は顔や手足の骨折など、ひどい怪我を負い、長期間のリハビリを経て、1年半後にようやく仕事に復帰しました。彼女は「今、生きているのが奇跡だ」と話していました。とても美しい金髪の女の子でしたが、今でも顔にははっきりとわかる傷跡が残り、3年後の現在でもびっこを引いて歩いています。
医師や看護師といった医療に携わる人たちだけでなく、トラック運転手、大型チェーンの朝食レストラン、警察官や警備員など、多くの職場で24時間体制が取られています。そのため、夜勤を余儀なくされる人々も少なくありません。アメリカでは、就業人口およそ1億5千万人のうち、約3.2%の人々が夜勤をしており、さらに2.4%の人々が夜勤と昼勤が混ざった不規則なスケジュールで働いているそうです。(ちなみに、日本の人口は最近で1億2700万人ほどだそうです。)
こうした夜勤労働をしている人々は、サーカディアンリズム(概日リズム)が狂ってしまい、それがさまざまな病気を引き起こすことがあります。概日リズムとは、私たちが朝起きて夜眠るといった一日の周期を調整する生体のメカニズムのことです。目が感知した光の情報を脳が処理し、朝目覚めるきっかけを作ります。そして、夜になると脳内でメラトニンというホルモンが多く分泌され、このメラトニンが眠りを促します。
ところで、アメリカでは11月に感謝祭(Thanksgiving)があり、この日に七面鳥を食べるのが習慣となっています。この七面鳥にはトリプトファンというアミノ酸が豊富に含まれています。このトリプトファンは、うつ病対策で有名な脳内物質であるセロトニンを作る材料となり、セロトニンはさらにメラトニンの素になります。そのため、七面鳥を食べると陽気な気分になり、同時に眠気を感じやすくなるのです。アメリカの感謝祭の日に家族団らんで七面鳥を食べ、笑い声を上げた後、午後にはみんなで昼寝をするというのは、理にかなった行動なのです。
また、豆乳には牛乳よりも多くのトリプトファンが含まれています。そのため、眠れない夜には、温かい豆乳を飲むことをお勧めします。
人間の体は概日リズムに支配されています。たとえば、人の体温が一番低くなるのが朝の4時半頃で、血圧が最も高くなるのが午後6時半頃だそうです。ちなみに、人の機嫌が最も悪くなるのは朝の6時半頃だと言われています。ですから、出勤前の夫婦喧嘩にはくれぐれもご注意ください。
話を戻しますが、この概日リズムが狂うと、疲労や睡眠障害、摂食障害、それに伴う肥満といった問題が起こりやすくなります。そして、もっと重大な病気、例えば心筋梗塞、がん、糖尿病などにかかる危険性も高まります。特にがんについては、多くのリサーチが行われており、生活が不規則な人たちの中で、乳がん、前立腺がん、大腸がんにかかる確率が高いことがわかっています。
では、どうしたらこういった夜勤の弊害による病気を防ぐことができるのでしょうか。まず、夜勤を何日も続けることは避けるのが望ましいです。夜勤を連続で行うと概日リズムがどんどん崩れてしまいます。そのため、できるだけ昼間の就業を挟むようにして、概日リズムを少しでも整えることが重要です。また、夜勤のときには、昼間に暗くて静かな場所で、できるだけ長く寝ることをお勧めします。
睡眠環境を整えることも大切です。一般的には室温20度がもっとも睡眠に適していると言われていますが、人それぞれ体質に合った温度で部屋を調整することが重要です。
どうしても眠れないときには、薬局で購入できるメラトニンや抗ヒスタミン剤(例:ベネドリル)を試してみるのも良いでしょう。それでも効果がない場合は、ぜひお医者さんに相談してください。医師が処方する睡眠薬にはさまざまな種類がありますので、医師と相談の上、自分に合うものを見つけることが大切です。
私自身もこの概日リズムを崩してしまい、病気がちになった経験があります。「規則正しい生活が健康のもと」とよく言われますが、これは本当にその通りだと、身をもって実感しました。どうぞ、皆様も規則正しい生活を心がけ、ご自身の健康はご自身で守るという意識を持っていただければと思います。